しるし 2 ―Side Kira
「おめでとうございます!!」
花びらが舞うその中を歩くムウさんとマリューさんに手を叩く。
「…幸せそうだね」
「あぁ、そうだな」
横にいるアスランを見上げると、アスランも微笑んでいた。
「──キラく〜ん!」
「え…」
振り返ったマリューさんが手招きをして僕を呼ぶ。
「行ってこいよ」
「う、うん…」
アスランに背中をぽんと押されて、慌てて駆け寄った。
「なんですか?」
「はい、これ」
ぽすっと手の中に渡されるブーケ。
「え…えぇっ?!だ、だってこれ、投げるものですよね?!」
「いいのよ、元は私のなんだからどうしたっていいでしょ?」
「で…でも…」
「キラくんにあげたかったのよ。…聞いたわ、プラントに行くって」
白いドレスに包まれたマリューさんは僕を見て微笑む。
「よく言うでしょ?『ブーケをもらった人は次にお嫁に行ける』って。だから、これ持ってればアスランくんが迎えに来てくれるわ、きっと。ね」
「マリューさん…」
「そうだ、坊主だって幸せにならないとな。俺たちみたいに」
マリューさんの横でムウさんが笑う。
「ムウさん…浮気しないでくださいね」
「う…わかってるって」
「ちょっとムウ?何でビクビクしてるのよ?」
「あ、いや…それは…」
マリューさんに睨まれ、格好に似合わず焦りだすムウさん。
「きっと『カカァ天下』になりますね」
「えぇ?!俺、亭主関白希望なんだけどな〜」
「そうはいかないわよ」
「ぷっ」
「おい、キラ…笑うなって」
ふたりの言い合いに僕はクスッと笑うと、
「ありがとうございます、本当に…僕、頑張りますから…」
手の中のブーケをそっと握りしめた。
◇◇◇
「キラ、荷物もう詰め終わったのか?」
「うん、大丈夫だよ」
パソコンとトリィがいれば後は何とかなるって言えば、アスランはそうだなと笑って。
「いよいよ明日なんだな…」
「うん…」
トランクを見て、微笑んでいるけど寂しそうな表情で呟く彼。
僕はそっと歩み寄ると、アスランの胸に顔を埋めた。
「キラ?」
「あのね…今夜はいっぱい抱いて…?君のこと、覚えていられるように…」
ギュッとアスランの服を握る。
「キラ…」
「…ん…っ」
頬に手を添えて上を向かされると、唇に触れる柔らかい感触。
「…俺はもとからそのつもりだ」
「アスラン…」
「だから覚悟しとけよ」
「…うん…」
ベットの上、躰を重ねて、突き上げられる衝撃に声を上げて。
「ひ…ぁっ、んンっ…アスラ…ッ」
「キラ…ッ…」
何度達したのかわからない。けれど、それでももっと彼が欲しくて彼を呼ぶ。
「アァッ、アスぅ…やぁ…いぃ…よぉっ」
「キラ…ッ…俺もだ…」
躰を重ねた時の熱さも、僕を呼ぶ彼の声も、僕の中を一杯に満たすこの感覚も忘れないように刻みつけておくから──…
「はあぁ…っ、好き…アスラ…愛してる…っ」
「あぁ…愛してるよ、キラ…誰よりも…っ」
「アス…ぅ…もぉ…っ、アァァ──ッッ」
スパークする意識の中、僕の奥で弾ける彼を感じながら、僕はそっと目を閉じた
◇◇◇
「よっ、お疲れさん!」
「ディアッカ!イザークも…そっちこそお疲れさまね」
廊下を歩いていると後ろから呼び止められて。振り返るとディアッカとイザークがいた。
<「それも板についてきたって感じだな」
「え?あ…うん、そうかな…」
ディアッカが言った“それ”とは僕の軍服のこと。
『もちろんキラは白ですわ』
ラクスの一言で決まったそれ。
さすがラクスだと思った瞬間だった。
「俺なんてころころ変わり過ぎてさ〜」
「僕も人のこと言えないよ?」
頭の後ろで腕を組み、ぼやくディアッカを見て僕はクスッと笑う。
──プラントに来てから約一ヶ月。僕は着慣れないそれにもようやく慣れてきた。
「…そういえばアイツから連絡はきてるのか?」
「え?」
今まで黙っていたイザークが口を開く。
「…うん、連絡はちゃんときてるよ。ただ…アスランも忙しいみたいで、なかなか時間合わなくて…」
「へ〜寂しいならいつでもお相手するけど?」
「ディアッカ…!!何言って…っ」
たじろぐ僕にイザークはディアッカを睨みつけて。
「ふん!俺は殺されても知らんからな!」
とツンとそっぽを向く。
「あ〜そうでしたっと。俺もアイツに殺されるのはごめんだね」
そうディアッカは溜め息をついた。
二人が言ってるのは僕がこっちにきた日のことだ。プラントまで送ってきてくれたアスランが帰り際、
『キラに手を出してみろ。殺すからな』
と釘をさしていったことで。あの時のアスランは本当に恐い顔していて……。こんなこと言ったらディアッカたちには悪いけど、僕はなんだかおかしくてこっそり笑ってしまった。
「そんなに心配なら一緒に来ればよかったのに…なぁ?」
「あ…でも…」
「色々とあるんだろ…さぁ無駄口たたいてないで行くぞ!!」
「わかってますよ、じゃあな、キラ」
「うん」
気を使ってくれたのかな、と話を遮ったイザークの言葉にふと思う。
プラントに来てからラクスをはじめ、いろんな人がよくしてくれて、僕に出来ることがあって。
それでもいつも想うのはアスランのこと。
君とまた一緒にいられる世界にしたい──それが今の僕の支え…
「ふぅ…」
部屋に戻り、一息ついてメールを確認しようとPCに触れたその時、
ピピッ──
通信音が鳴り、開くとアスランが画面に映った。
<キラ、おつかれさま>
「ア、アスラン?!なんで…?!」
<ディアッカからメールが来て…“姫さん今仕事終わったから連絡してやれよ”って>
「ひ、姫って…僕のこと?!」
慌てる僕を見て、画面の向こうのアスランが笑う。
「ちょ…っ、アスランッ!」
<ごめん、キラのそんな顔、久々に見たから…大事にされてるみたいだな>
「…君が言ったお陰でね」
<あ、あぁ、あれか。当たり前だろ?キラは俺のものなんだから>
「もの扱いしないでよ」
<本当は嬉しいくせに。顔真っ赤だぞ?>
「もぅ……」
メールじゃなくって、こんな風に向かい合って話すなんて久しぶりで。アスランの顔についドキドキしてしまう。
こうやって話してると彼はすぐそこに居そうなのに…
でも実際は画面の向こうで。届くのは君の顔と君の声だけなんだ。
「アスラン…僕…」
<キラ?…あ…>
その時、画面の向こうから聴こえるカガリの声。
「…ん〜ん、何でもない。ほら、呼ばれてるよ?」
思わず、口を突いて出そうになった言葉を飲み込む。
“会いたい”
言ってしまったら抑えが効かなくなってしまいそうだから…
<ごめんな、また連絡する>
「うん。じゃあね」
<あ、待って。キラ、こっち>
「え?」
アスランに手招きされて画面に顔を近づける。
「あ……」
その意図が読めて頬がまた赤くなるのがわかった。
<キラ、またな>
「うん…」
僕たちは画面越しにキスをして。回線が切れた後、ひんやりと冷たさが残る唇を撫でると視界が涙で滲んでいく。
「あれ…もう泣かないって…決めたのにな…」
手の甲でそれを拭うけど、後から止まることなく湧き上がってきては頬を伝う。
「…アス…っ…」
アスランを恋しいと思うことは当然なんだ。
この涙は僕のアスランへの想い。
だから弱虫だなんて思わないよ。
寂しさを乗り越えるんじゃなくて、受け入れて歩いていけばいいから──…
「またね、アスラン…」
消えた画面に向かって、ひとり呟いた。
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