Eterinty
第5章 あなたにすてきなクリスマスを
──コンコン
「あ、はい」
「失礼します」
返事をすると両手一杯に荷物を抱えたアーサーが入ってきた。
「うわ、すごいですね……」
「毎年この時期はこうなんですよ。っと」
机の上に置かれる、その綺麗に包まれた箱の数々…。これらは全てアスランへのクリスマスプレゼントである。
「アスラン様は第一皇子ですし、その上あの容姿ですからねぇ……」
荷物を置き、肩をトントンと叩くアーサーを横目で見ながら、キラはその品々に圧倒されていた。上等の包装紙に綺麗なリボン──きっと高価なものが入っているのだろう。
(せっかくのクリスマスなのに、僕はアスランに何をあげられるんだろう……)
「それでは失礼しました」
「あ、ご苦労様でした……」
出ていくアーサーを見送った後、キラは暫くそのプレゼントの山と睨めっこしていた。
「……キラ?どうしたんだ?」
「……ちょっと考えごと……」
「何を考えてるんだ?」
「ん……」
政務から帰ってきたアスランがいつもと違うキラの様子に声をかける。
言ったら意味ないから…とキラが黙っていると、アスランはキラの視線に気づいて栗色の髪を撫でた。
「こんなの社交辞令みたいなものだから……キラは気にするな」
「うん……」
アスランはキラがプレゼントを気に入らないと思ったようだ。確かに全く気にしていないわけじゃないが、どうがんばっても自分にはこんなプレゼントは用意出来ないから……。
「……アスランはクリスマスプレゼントもらって嬉しくないの?」
「俺に贈られてくるのは機嫌取りの者たちとか、面識のない近国の姫たちからの品ばかりだ。そんなものクリスマスプレゼントでも何でもないだろ……」
プレゼントを見つめながらそう話すアスランはどこか寂しげで、それがキラは気になった。
「クリスマスプレゼントは本来サンタクロースからもらうものだろ?って言っても子どもじゃないから、そんなことも言ってられないけどな」
「アスラン……」
アスランは微笑みながらキラの頭を軽く叩く。
(アスランはクリスマスをこんな風に過ごしてきたのかな……)
キラが小さい頃、クリスマスは特別だった。お金はなかったが、クリスマスだけは母がごちそうを用意してくれて。サンタがプレゼントをくれると信じていて──
(あ、そうだ……!)
キラはひとつ思いつき、アスランの顔を見上げる。
「ね、僕からのクリスマスプレゼントだったら?」
「それは嬉しいに決まってるけど……キラ?」
「そっかぁ」
返事に思わず弛んでしまった顔にアスランが不思議そうに見下ろす。
「じゃあ、クリスマス楽しみにしてて?」
キラはアスランに笑いかけながらそう告げた。
◇◇◇
次の日、キラは部屋から出ると、厨房へと向かう。
「あ、ミリアリア!」
「あら、キラ。どうしたの?」
料理をワゴンへと運んでいる一人のメイドを見つけて声をかけた。ミリアリア・ハウ──この城でメイドをしている彼女とは年が近いということで、アスランの計らいもあり、顔を合わせることも多かった。
「忙しい時にごめんね。ちょっとお願いがあって……」
「お願い?」
「うん。クリスマスにアスランにケーキを作ってあげたいんだ。それで厨房を少し貸してもらえないかと思って……」
キラの提案にミリアリアは「すてき!」と両手を合わせる。
「アスラン様の為なら料理長もきっとオッケーしてくれると思うわ。後で聞いておいてあげる」
「ありがとう、ミリアリア」
お礼を言って彼女と別れた後、キラはある人物を探して廊下を走った。
(あ、いた!)
「ムウさん!」
「お、めずらしいな。お前から会いに来てくれるなんてさ」
「っ……」
相変わらず調子に乗って笑うムウにキラは溜め息をつく。本当のことをいうと、この間のことがあったから会いたくはなかったが、他に頼める人もいなかった。
「あのサンタの服ってあります?」
「は?サンタの服って……あの赤いやつか?」
「他に何色のサンタがいるんですか。とにかく持ってます?」
「いや、持ってはないが……もしかしてクリスマスに使うのか?」
「はい、僕が着るんですけど……」
「へぇ〜キラがサンタね……」
じろりとキラを見下ろしながら呟くムウに、キラは恥ずかしくなって頬を染める。
「へ、へんですか?」
「そんなこと言ってないだろ。俺なら大歓迎だぞ?まぁ、この間アスランを怒らせちまったこともあるし、用意しといてやるよ」
そう引き受けてくれたムウにお礼を言って。頭を撫でられたことくらい、今回は多目にみよう。とにかくこれで何とかなりそうだ。
──アスランが望んでいるのは、決して高価なものじゃないんだ。だから自分にできることを……アスランへの気持ちをいっぱい込めて贈ろう。
キラはアスランと迎える初めてのクリスマスに胸を躍らせていた。
◇◇◇
そしてクリスマスの朝はきた。
「アスラン、いってらっしゃい」
政務に出かけるアスランをいつものように部屋の入り口で見送る。
「今日のキラはご機嫌だな」
「うん。だってクリスマスだよ?今日はサンタさん来るから楽しみにしていてね」
「わかった」
アスランは笑いながらキラの頭を撫でると出かけていった。
「よし、準備開始……!」
キラは自分に気合いを入れ準備に取り掛かる。
自分ができることと言っても、今のキラに何かを買えるわけではないから、城にある飾りを分けてもらったりして。部屋にツリーを飾り終えると今度は厨房に向かった。
「あ、キラ」
「ごめん、ミリアリア!遅くなっちゃって…」
「ちょうどいい所よ。空いたから使っていいって」
「そっか、ありがとう」
「スポンジは出来てるんでしょ?」
「うん」
昨日、既に焼いておいたスポンジを出す。料理長に教えてもらいながら作ったその四角いスポンジにクリームを塗って、グルグルと巻く。
「っ、と……」
「キラ、上手いじゃない」
ミリアリアに見守られながらそれにデコレーションを加えた。
「──出来た……っ」
「クリスマスならこれがいいですよ」と料理長が教えてくれた『ブッシュ・ド・ノエル』の完成だ。
厨房の人たちとミリアリアにお礼を言い、ケーキをそっと部屋に運ぶ。机の上にそれを置くと、扉をノックする音が聞こえた。
「はい……?」
「よっ、坊主。サンタがプレゼントを持ってきたぞ」
「ムウさん……」
冗談なのか本気なのか──キラの不信な視線にムウが手にした袋をキラの前に差し出す。
「それはさておき、例の頼まれ物」
「わ…ありがとうございます」
「きっとあいつも喜ぶと思うぞ。そのついでに俺の所にも来て……」
「悪いですけど行きませんっ」
「おい、そんなにきっぱり言いなさんなって……そう言うとは思ったけどさ」
話の途中で被せるように否定をするキラに、ムウががっかりしてうなだれた。
「まぁ、これで帳消しってことで……」
「あ、ムウさんっ!」
「ん?」
「本当にありがとうございました」
ヒラヒラと手を振りながら立ち去るムウにお礼を言う。決して悪い人ではないのだとキラは思った。
「えぇと……」
早速ムウからもらった袋を開けてみると、そこには赤い服が見える。
「本当にサンタの服だ……って……あれ?」
それを引っ張り出したところで、キラは違和感に手を止めた。それはサンタの衣装には衣装なのだが、どうみてもワンピース型に見えて。
「って……えぇっ?これもしかして女ものなんじゃ……」
慌てて袋の中を見るが、揃いであるはずのズボンはやっぱり見当たらなかった。
『あいつも喜ぶと思うぞ』
先ほどのムウのセリフが頭に浮かぶ。
(まさか……喜ぶって、こういうこと……?)
キラは悪い人ではないと思った考えを撤回した。
「そんなぁ……」
さすがにこれを着るのは気が引ける。でもサンタがいないのではここまで準備した意味ない。
「…う……」
キラが半べそをかき始めたその時、扉が開いた。
「キラ、今戻った、って……キラ、どうした?」
「ア、アスランこそ…どうして……」
いつもよりずっと早く戻ってきたアスランに、キラの目が真ん丸になる。
「今日はクリスマスだから早めに終えてきたんだが……泣いてたのか?」
「あ…あの…っ」
歩み寄ってくるアスランに、キラは手に持っていたサンタの衣装を慌てて背中に隠した。
「キラ?」
「あ…あのね…僕…アスランを喜ばせたくって…サンタになろうって思ってたのに…でも…ごめ…なさ…っ」
「キラっ?」
「ふ…ふぇ…っ」
話しだした途端、勝手に溢れてきてしまった涙が絨毯にぽとりと落ちて染みを作る。突然泣き出したキラにアスランは困って頭を撫でた。
「キラ、泣かなくてもいいから…持ってるのはサンタの服じゃないのか?」
「ん…でも…これ違ったんだ…」
「違ったって…」
アスランはわけのわからない表情でキラを覗き込む。
「…お…女の子用…なんだ…っ」
「え…?」
後ろ手に持ったその衣装を握りしめながらキラが呟くと、アスランは拍子抜けたように目を丸くした。
「ごめんなさい…ムウさんに服頼んだら用意してくれるって…そしたら……だから…本当にごめん…なさ…い」
「キラ、もういいから…そんなに泣くな…」
「ぅ…で…でも…っ」
「それに一応サンタの服なんだろ?ならそれ着てみせて?」
「え…っ」
「サンタがいないと始まらないんだろ?キラ」
そうなだめるアスランをちらりと見上げる。
──そうだ。
クリスマスにアスランを喜ばせたいって決めたんだから…
「……わかった…ちょっと待ってて…」
キラは決心すると、衣装を握りしめて隣接したバスルームに駆け込んだ。
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