「ええぇっ?!僕がBLドラマCDに?!」
「そうなのよ、原作者がぜひキラくんがいいって……受けてもらえるかしら?」

そう事務所社長のマリューがにこりと笑う。

「でも僕、BL系の仕事やったことないんですけど……っ」
「誰だって初めての時はあるわ。お願い!ここの出版社にはお世話になってるのよ。原作の小説だってすごく人気があるし……。だから、ね?」
「……わ、わかりました」

マリューに拝むように両手を合わせられ、キラはしぶしぶと返事をした。




VOICE LESSON





(はぁ……何で僕がBLCDに……)

そういうものがあるというのは知ってはいたけれど、今までストレートで生きてきたキラには興味のないものだった。
そんな自分に持ち上がったドラマCDの役は受け側の男の子で、絡みあり。声優としてもまだ経験の浅いキラにとしては、どんな風にアフレコに望めばいいのか全くわからない。

(しかも……)

キャスティングを見ると、相手役に『アスラン・ザラ』の名前がある。今人気の声優だ。
以前キラは、彼が主役を務めたアニメに、脇役として出演したことがあった。特に会話をしたわけではなかったけれど、声だけでなく端正な顔立ちがすごく印象的で。キラもこればかりは思わず見とれてしまったのを覚えている。そんな人を相手にして行うのだ。

(まずい……)

緊張度はかなり増し、打ち合わせ中もキラは落ち着かないでいた。





(──『あぁっ、そこ…もっとして……っ』……って、えぇっ?!こんなこと言うの?!)

打ち合わせ終了後。アフレコは来週からにも関わらず、もらった台本が気になってしまったキラは、ページを捲るなり絶句した。

(大丈夫かな、僕……)

このセリフをアスランを相手に──しかも人前で言うなんて、想像するだけで気が遠くなりそうだ。
思わずくらりとしていると、肩をトントンと叩かれる。顔を上げると、そこにはアスランが立っていた。

「ア、アスランさん……?!」
「そんなに驚かなくてもいいだろ?アスランでいいよ。来週からよろしくな」
「こ、こちらよろしくお願いします!」

思わず裏返ってしまった声にアスランが笑う。そして、キラが手にしていた台本を見て、へぇ…と感心したように呟いた。

「早速目を通してるんだ」
「あ…は、はい…っ」

返事をしながら、自分が開いていたページを見られてしまったのではないかと慌てて閉じる。その不自然な態度をごまかそうと焦ったせいで、キラは余計にしどろもどろな態度をとってしまった。

「あ、あのっ、実は僕、こういうの初めてなんです!ええと……だから、迷惑かけちゃったらすみませんっ」

この際、ヘマをする前に言ってしまおう。キラは開き直って頭を下げる。

「そんな緊張しなくていいよ。話は聞いてるから」
「あ…そうなんですか……」

てっきり笑われるか嫌がられるかと思っていたが、彼の見せた笑顔にキラはほっとした。安心したせいでつい本音が漏れる。

「でもちゃんと出来るか不安で……」

そうキラが苦笑いをすると、アスランは何か考えるように黙り込んでいたが、すぐキラに尋ねてきた。

「キラはこのあと時間ある?」
「はい、大丈夫ですけど……」
「うちに俺が以前出たCDがあるんだが、よかったら聴いてみないか?参考になるんじゃないかと思って」
「あ……!」

思いがけない提案にキラは目を大きくする。確かに参考になるものがあれば、アフレコまでに何とかなるかもしれない。

「ぜひお願いします!」

キラは意気込んで返事をした。




◇◇◇





「はい、これとイヤホン」
「あ、ありがとうございます」

例のCDを借りていければ…と思っていたのにイヤホンを渡してきたということは、ここで聴いていけということなのだろうか。

「………」

受け取ったものを目に通し、ちらりとアスランを見ると、彼はソファーに腰を下ろし台本を読み始めていた。自分のことを気にする様子はなさそうだが、人前で聴くのにも何だか躊躇してしまう。けれど、せっかく好意で貸してくれたのだ。
キラは気合いを入れると、部屋にあったオーディオを借り、再生ボタンを押した。
その数十分後。

(う……ますます自信なくす……)

一枚めを聴き終えたところで、キラはずんと落ち込んで頭を抱える。自分の中でイメージを作るけれども、どうしたらあんな風な色っぽい声を出せるかわからない。
CDをケースにしまっていると、それに気がついたアスランが声をかけてきた。

「どう?参考になりそう?」
「あ…は、はい」

へこんだ反動で、キラはつい浮かない返事をしてしまう。
その不安そうな様子を見かねたのか、アスランがまた提案をだしてきた。

「じゃあ、少し練習してみようか?せっかく主役が揃っているんだし」
「えぇっ?!」
「いきなり人前でやるより、リラックス出来るだろ?」

それもそうだ。それに今アスランに聴いておいてもらえば、少しは恥ずかしさにも慣れるかもしれない。

「お、お願いします」
「じゃあ28ページのここから」
「はい」

アスランは開いた台本を指差し、セリフを読み始める。キラもそれに合わせて順調に喋っていたのだが、そこに問題のシーンがやってきた。

「『嫌じゃないだろ?ほら、もうこんなにして……』」
「『あ……やだ、触らないで……』」

途端に棒読みになってしまうキラに、アスランがいったん台本を置く。

「キーラ、棒読み」
「だっ、だから、こういうのは初めてだって言ったじゃないですか…っ」

やはりうまくできなかったことに、キラは顔を真っ赤にした。

「そうだな……ドラマCDはアニメのように映像がない分、聴いている人がセリフから状況が想像できることが大切なんだ」
「う、うん……」
「だからキラがまずどういう状況で、どういう気持ちになっているのか、想像して役になりきらないと」
「想像……?」

アスランに言われて自分の役が置かれている状況を思い浮かべてみるけれど、どうやっても想像することができない。

「……わかんないですよ、どういう気持ちになっているのかなんて……」

キラはつい唇を尖らせて愚痴ってしまった。すると正面に座っていたアスランが黙ったまま立ち上がる。

(もしかして怒らせちゃった……?)

新人のくせに文句ばかり言って、気を悪くさせてしまったのかもしれない。

「あ、あの……っ」

まずい──キラはぎゅっと目をつぶりながら、弁解しようと口を動かした。が、上手く言葉が出ないでいると、突然持っていた台本を引っ張られる。
台本を追いかけて顔を上げると、アスランが目の前に立っていた。

「あ…あの……、っ、わっ?!」

窺うように小さな声を出すと、アスランの手がキラの体をソファーへ押し倒す。

「なっ……、ん、んっ?!」

衝撃に声をあげたようとしたキラの唇を、何かやわらかく温かいものが塞いだ。それに気づいた瞬間、キラは目を見開く。
目の前にあったのは、アスランの綺麗な顔だった。

(う……うそ……!)

彼にキスをされている──。
思いもしなかった事態に茫然となっていたキラだったが、更に体にかかる重みにはっと我に返る。

「んっ、んん!」

何とかアスランから逃れようと、手で彼の体を押し上げてみるがびくともしない。
アスランはそんなキラの手を掴むとソファーに押し付けながら、唇の隙間から舌を滑り込ませてきた。

「んっ……ふ……」

咥内を探られ、舌を絡め取られる。どうしていいかわからずなすがままにされていると、呼吸が上手く出来ないせいなのか、頭がぽうっとしてきた。
舌を軽く吸われ、唇が離れる。

「っ、は……あすら……?」
「実力行使。想像できないんならこうするしかないだろ?」
「え……、っ、あ…?!」

見つめれる翡翠の瞳に思わずどきりとしていると、着ていたシャツの中にアスランの手が入ってきた。肌を撫であげる指が胸の突起に触れる。

「なっ…なにする……んっ」

指先できゅっと摘まれ、何ともいえないむず痒い感覚にキラは顔をしかめた。が、指の腹で押し潰され、何度もこねられるうち、そこはじんと熱を持ち始める。

「ん、ン……っ」

くぐもった声をあげると、アスランがシャツを捲り上げ、そこに唇を押し当てきた。



To be continued